みちびき
★ 継ぎはぎ橋の終焉(冠着橋) ★
−道 Before ⁄ After−
文面作成:2025 ⁄ 12 ⁄ 21
(最終更新:2025 ⁄ 12 ⁄ 21)


「道 Before ⁄ After」について

ここでは新道開通等のイベントによる道たちの変化具合について、画像比較を通じてレポートしています。
発展や衰退など、彼らがどのように変わっていったのかをご覧ください。


「冠着橋」の場所



レポートリスト

 
■冠着橋について

学校で“日本一長い川”は『信濃川』と習いますが、長野県内を流れる時は『千曲川』と呼ばれます。その途中、千曲市に架かる『冠着(かむりぎ)橋』をここで紹介します。なぜ取り上げたかと言うと…

現在の橋は2014年より併用されていますが、筆者は2009年に旧橋を訪れています。継ぎはぎによる架橋であることが強く印象に残り、自身のサイトで紹介していました。

その後橋が架け替えられたことを受け、サイトでの公開を終了させています。いつかは橋へ再訪しサイトで新旧比較の紹介を…と願いつつ10年が経過し、今回ついに願いが叶ったため取り上げた次第です。


その“継ぎはぎ”は、具体的にどんな感じだったのでしょうか。当時撮影した看板の画像を掲載しましたので、そちらをご覧ください。橋全体が“道幅の異なる4つの橋の継ぎはぎ”だとご理解いただけると思います。

以降は2009年訪問時の旧橋と、今回訪問した現橋と旧橋の痕跡探しの形でレポートを書いていきます。冠着橋のBefore ⁄ Afterを一緒に見ていきましょう。



■[Before]2009年訪問時

2009年訪問時は、橋の北側より川を渡りました。先に掲載した看板の記載とおり、橋を進むと段階的に道幅が狭まっていきます。その様子は、左の画像をクリックのうえ送り戻りしながらご覧ください。

最初は走行に気にならないほどの道幅であるものの、段階的に道幅が減少していき、最後には交互通行の信号に頼らざるを得ない道幅となります。“何故こんな構造に?”と思わせる、不思議な橋でした。


旧橋には標柱があり、橋名や竣工日等が銘板に記され取り付けられてました。また途中の橋桁にも銘板が付けられており、記載された年月から改めて橋が段階的に建設されたことが推測できます。

“段階的な継ぎ足し”は改めて触れるとして、堤防から撮影した橋の全景を載せつつ、いったん旧橋の紹介をクローズいたします。





■[After]2024年訪問時

旧橋の訪問から15年経過した2024年、ようやく願っていた現橋訪問が叶いました。二車線の車道と、片側に歩道を備えた立派な橋です。当然ながら、途中で道幅が変わることもありません。

そして当然ながら、旧橋は跡形残さず撤去されています。15年前の記憶を辿りながら、在りし頃のイメージを現在の画像に重ねてみることにします。


最初に向かったのは、2009年訪問で最初に紹介した画像の撮影箇所。一部残っていた旧橋への道路を背にし、旧橋があった川側を望みます。旧橋の架橋イメージを、今回撮影の画像に重ねてみました。

そして次に、川を渡った反対側から。2009年の、標柱があった辺りから川を眺めます。こちらも背後に旧橋への道路が一部残っています。そしてこちらにも、架橋イメージを画像に重ねてみました。


旧橋は残ってませんでしたが、大きく変わっていなかったのが河川名と橋名を記した看板。残してもらえてよかった。。。
看板に向かって右側に旧橋が架かり、左側に現橋が架けられています。

一通り、現橋と旧橋のその後を確認することができました。残る興味は、旧橋がなぜあのような継ぎはぎの構造になったのかという点です。最後に軽くその辺りを確認しておこうと思います。



■航空写真で橋の経緯を確認

確認のため参照したのは、お馴染みの国土地理院の空中写真閲覧サービスです。各年代の画像を通じて、橋が継ぎはぎになった経緯を見ていきましょう。

〔1965年〕
千曲川の流水域が南側のみとなっており、そこを跨ぐため一区間のみ橋が設置されています。後の区間は広い河原を進んでいたものと思われます。


〔1975年〕
流水域が北側に多少広がったためなのか、橋が北側へ延長されています。二区間目が架けられ、三区間目も途中まで架設されているよう見えます。


〔2010年〕
「Before」で訪問した頃の航空写真。全4区間の架橋が画像からもわかります。そして橋の東側に、当時工事が進んでいた現橋の橋脚が見えています。


〔2025年〕
そして、現橋が開通し旧橋が廃された、現在の航空写真です。画像上追記した点線のところに、旧橋が架かっていたことになります。


本橋についてのレポートについては、“道”系の御大サイトでも取り上げられています。弊サイトで物足りない方も少なくないでしょうから、ぜひそちらで満たされてください。はい、御大には敵いませぬ(大汗)。


■訪問を終えて

現橋開通から10年、念願の訪問ができ、旧橋が完全に過去のものとなっていたことを確認できました。そのユニークな姿を残しておいて欲しかったと思いつつ、やはり世は諸行無常。本レポートを通じ、旧橋の姿を残す一助となれたらと思います。



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